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2009/01/09 (金) 21:05

Call me by my true name

どれだけ勉強しても、宗教的事柄の真実というのは、人間にとって、私にとっての一つの見解とか解釈でしかないのかもしれない。「世界観」とか「パラダイム」の流れ、というのは確実に私達の物の見方考え方を規定していて、だからもう何が真で何が偽なのか、すっかり分からなくなってしまう。

さて、ティク・ナット・ハンという禅僧の方が書かれた『どうか私を本当の名前で呼んでください』という素敵な詩を知ったので、紹介したいと思います。梵我一如というか、ワンネスというか、神秘主義というか、内なる神というか、あなたは私であって、私はあなたであるような、はたまた第三者的な視点であるような。なんだか分かるような分からないような・・・「私の本当の名前」って何だと思いますか?分かったら教えてください。



どうか私が明日去ってゆくなどと思わないでください
私は今日もなお やって来ているのですから

深く見つめてください
私は毎秒やって来ているのです
春 枝先に萌ゆる蕾となって
真新しい巣で歌を習っている
まだ壊れやすい翼を持った 小鳥となって
花の芯にとまっている毛虫となって
そしてまた石の中にまだ隠れている宝石となって

私はなお やって来ているのです
笑い また泣くために
そして恐れ また希望を抱くために
私の心臓のリズムは 
生きとし生けるものすべての 生と死です

私は川の面で変態している かげろうです
そして私は そのかげろうに襲い掛かって
飲み込んでしまう 小鳥です

私は 水の澄んだ池のなかで
楽しげに泳いでいる一匹の蛙です
そして私は 音も立てずに
その蛙を食べてしまう ヤマカガシです

私は骨と皮ばかりで 
竹竿のような細い足をした ウガンダの子供です
また私は 人殺しのための武器を
ウガンダに売っている 武器商人です

私は海賊にレイプされたのち
海に身を投げる 小さな船に乗った
十二歳の難民の少女です
そして私は海賊です
私の心はまだ 見つめることを
そして愛することができないのです

私は大きな権力を手にした
党政治局員です
そして私は強制労働収容所の中で
徐々に死んでゆきながら 人民のために
「血の負債」を支払わなければならない男です

私の喜びは春のようにあたたかく
地上のいたるところに花を咲かせます
私の苦しみは 涙の川のようです
四つの海のすべてを満たすほどに
はてしなく広がります

どうか私の本当の名前で呼んでください
私の泣き声と笑い声のすべてを
同時に開くことができるように
私の喜びと苦しみが
ひとつであるということがわかるように

どうか私の本当の名前で呼んでください
私が目を醒ますことができるように
そして私の心の扉を
慈悲の扉を 開け放つことができるように

『ラブ イン アクション:非暴力による社会変革』より
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この記事に対するコメント

う〜ん。難しい詩ですね。
読んでて最初に思ったのは、仏教の「縁起」で、全てのことが相互関係によって成り立ってる。だから、世界のどこかで起こってる自分と無関係に思えるような出来事も“私”のこととして考えよう、みたいなことを言いたいのかなぁって思ったんですけど・・・最後まで読むとよく分かんないです;;
「私の本当の名前」ですかぁ。
本気で生きた人にしか分からないような問いですね。

あ〜〜〜!はいはいはいはいはいっなるほどー、
そうそう、仏教の文脈で言われたから、そういうことだね! やっと合点がいきました。ありがとう!!
「私の本当の名前で呼んでください」ってのは、自分の本当の名前で呼ばれることで、本当の私が明らかになる。お互いの関わり合いの中で、自分の生きる道を実践しなさい。だから、この詩のメッセージは、本当の自分で生きなさい、ということだって、先生は言ってたねぇ。

な、なんか役に立てたんですかね?
立ててたなら嬉しいです^^
「本当の自分」って難しいですよねぇ。
本当の名前で呼ばれることで、本当の自分が明らかになるって、なんだか漫画とかアニメにありそうなイメージで、実際の世界のこととしては想像できないです・・・(;;)
そういえば!この前ゼミの先生と面接した時に、先生が「自分探し」っていう言葉があんまり好きじゃないって言ってたんですよ。
自分は“ここ”にあるものだと思う、物みたいにどこかで探して見つかるものなのか。様々なことを経験していくうちに、自分が出来上がっていくんじゃないかなぁ、と。
なるほどなぁって思いました。
ってことを思い出しました!

うんうん、どうもありがとう!これからもいろいろと教えて下さいね!アニメで「本当の名前」というと、ゲド戦記とか?(笑)う〜ん、そうね…「自分は自分で勝手に本当の自分で生きてる」んじゃなくて、「他人から名前を呼ばれることで本当の自分になる」というように、他者との関係性の中で生きる、ということは分かったけど、一体「私の本当の名前」って何なんだろうね?

確かに先生の言うとおり「自分探し」で探してる自分はまさにここにあるんだけど、人によっては、それに気付いて、その事実を受け入れて、この自分で生きていくんだって覚悟を決めて本当の自分と向き合う、というプロセスは、なかなか大変なことかもしれないね。

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宗教学を勉強しています。

宗教現象学、宗教心理学、象徴、神話、呪術、シャーマニズム、神秘主義、古代のコスモロジーなど。

エリアーデ、フロイト、ユング、エーリッヒ・ノイマン、フレイザー

けっこう、スピリチュアルおたく。
将来の夢は魔女になること!

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