FC2ブログ

スポンサーサイト

--/--/-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

防水聖書

2008/10/31 21:04
20081031-00000692-reu-int-view-000.jpg

10月31日、シドニーでサーファー用「防水聖書」が登場。写真は防水聖書を読みながら波乗りするサーファー(左)(2008年 ロイター/Daniel Munoz)

スポンサーサイト

ハロウィンの悟り。

2008/10/31 17:54
今日はハロウィンですね。ハロウィンなのに…一年で一番好きな日なのに…それらしきことをする余裕はありません。本当は、魔女の衣装着て、人骨型のクッキーやパンプキンのパウンドケーキやら人の血液入りゼリーなど作って、ホラー映画を見たかったのに…。無念。

なんとあと二ヶ月で今年も終わりです。だめゆかは、このままではだめです。せめて、今の倍の効率で生きていかなければ!と思います。そのためには、「集中力」です。よ?し☆

敵を愛し自分を迫害する者のために祈りなさい。

2008/10/28 23:04
敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。…父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。(マタイの福音書5:43-45)

ミステリウム?♪♪♪

2008/10/27 12:36
エリアーデ凄いけど難しいよ。ってか、天才すぎて私には手に負えない気が…。しかも私は心理学もやりたいんだ…。充分に時間は足りるだろうか。

宗教界は広すぎて、本当に自分自身が謎に飲み込まれそうになる、というか本当に!溺れそうになるので、自分を見失わないようにゆっくりやっていきたいと思うのですがなかなかそうは出来ない状況なんですね。私にとって神秘は「水」です!生命維持に関わってくる感じ(笑)今の状況を表現すれば、二リットルのペットボトルを一気飲みしろと言われているようなイメージですね…広範囲の中で自分のテーマを、エリアーデと神話と宗教心理学に絞るのにまず時間がかかったし、その絞った範囲でさえ、まだ広くて深すぎて、どうしようおよよ…です。

『宗教の想像力』荒木美智雄著の「エリアーデを読む」で、エリアーデは「資料の中に溺死して、私の中にある、個人的なもの、独自のもの、生きているものが消え去り、死んでしまう。私が再び自分に帰るとき、私が生き返るとき、私は物事を以前とは違って見ている。私は“理解”しているのだ。」と述べています。

エリアーデは、敢えて「宗教の中に自分を見失わせる」のですね?。ただし彼は宗教の「現象学的/形態学的」という方法論の軸がきちんと定まっているからであって、今の私が「資料の中に溺死して、自分を見失わせる」と本当に本当に溺れ死んでしまうからやめたほうがいいですね。まずはエリアーデさんからじっくりやっていきたいです。

世俗に関わらない聖職者は無意味である

2008/10/27 00:23
私は大学で、国際関係学の、しかも行政コースでしたから、毎日、新聞を読み、ニューズウィークを買い、なんかそれなりに世界に対する責任感を持って頑張っていた時期がありました。(遠い目…笑)

今は新聞もニュースも滅多に読まないし、世間とは完全に切り離されて生きてます。この状態が私にとっては実に快適なのですが、ある時「世俗に関わらない聖職者は無意味である」という言葉を聴いてハッとしたのでした。

静かで満たされていて守られていて、そんな状態なら誰だって聖職者のように振舞える。でも極端すぎる話、ダライ・ラマ14世は、たった一人で戦場に放り出されてもダライ・ラマであり観音菩薩の化身でい続けられるか、ということです。修道院の中で生きるとか、出家して一生喜捨で生きるのはある意味、楽なことです。本当に大変なのは、そして本当に宗教を必要なのは世俗に生きる人々であって、世俗の中にありながら、世俗の人々を支え聖なる教えに導くのが本来の聖職者です。

私もいつか、世俗の役に立てたらいいです。自殺防止の命のホットラインのオペレーターとかどうやろ?ちょっと無理かな…うん、ちょっと無理っぽいな。

で、話は変わって。私はダライ・ラマ14世がとても好きです。女性的な優しく慈悲深いオーラとか雰囲気、無邪気さ、まさしく「観音菩薩の化身」という言葉がピッタリだと思います。ユーモア溢れてカリスマ性がある。ダライ・ラマってもとは貧しい農家の子だったんだけど、前ダライ・ラマの生まれ変わりということで僧達によって見出されたのね。

同じシステムで、ネパールにはクマリというのがあります。ネパールの女神クマリの化身だそうで、3?5歳の32の条件をクリアした少女が選ばれます。さらにクマリの場合は家柄が良くないとなれないのがチベット仏教と違うところ。その32の条件というのがおもしろいです。足は均整が取れ裏のすじが円を描いていること。 神のような脚線。手はやわらかく繊細なこと。ライオンのような胸。ほら貝のような頬。青または黒の目。牛のようなまつ毛。スズメのような低い声。黄金に輝く美しい影、とかね。(http://www1.tcnet.ne.jp/achar/kumari.htmlより)さらに、最後の試練として、おそろしい人のうめき声や音、血のしたたる水牛の生首がおいてある真っ暗な小部屋で一人過ごさねばならないと。そこで泣いたり脅えたりしたらアウトなのです。確かに、本当に神様だったらそんなもん恐くも何ともないよね。うーーーん、化身って本当なのかなぁ?

シュタイナーの性格分類

2008/10/26 16:19
シュタイナーという人は、子供の性質を「胆汁質」「憂鬱質」「多血質」「粘液質」の四つに別けて考えましたとさ。(もちろん混合タイプもあり。)これはそれぞれが火・地・風・水に対応するとしてヨーロッパでは昔からオカルトにはあった考え方だったと、鏡リュウジさんがとある講演会で言っていました。

私はこの中では完全に憂鬱質です。どのようなものかというと…(以下「森へ行こう」さんより引用です。少し修正あり。http://plaza.rakuten.co.jp/moriheikou/diary/200511100000/)

・不安が強く、内弁慶。
・一番、性格がつかみにくい。
・好き嫌いが多い。
・臆病、自信がないことには手を出さない。
・友達を非常に選ぶ
・みんなと一緒が苦手。
・すぐ泣く。(泣くことで自分を落ち着けさせているみたいだ。)
・意固地/頑固/融通が利かない
・注意されたことを叱られたと思う。
・知らない人に声をかけられるとかたまる。
・自分を主張することは少ない。
・言うことは聞かない。
・お話が好き。(言葉に感応する力が強い)
・手先が器用なことが多い。
・強い刺激が苦手。(特に音)
・一人で何かをしていることが好き。
・やられても、やりかえせない。
・“なぜ、人は死ぬのだろう”などというような意味のないことを考えていることが好き。
・矛盾した感情を持っている。(そのため言うことがコロコロ変わる)
・自己肯定感が低い。
・常に、“自分の選択は間違っているかも知れない”という不安を持っているため、決断ができない。
・言葉を大切にする。
・見えない世界に興味がある。
・単純明快が苦手
・人の言葉、行動に深読みをする。
・思春期になって非常に大きく変化する子が多い
・良く言うと“純粋”、悪く言うと“観念的”
・ナイーブで傷つきやすい感受性を持っています。
・自意識が強い。恥ずかしがり屋。そのくせ目立つことをする。

なんかこう見ると、憂鬱質って社会的には明らかに損な性格だなぁと思います。私も小さい頃から自分の性格には悩んできました。しかし、こんな性格も一種の才能です。世の中には「適材適所」という言葉があるように、こんな性格だからこそ成し遂げられることもあるとポジティブに捉えたら、もう憂鬱質というのは愛すべき才能でしかないと思います。開き直って、内向きにとことんまでハジけて、愛すべき憂鬱質道を貫こうと思います。

興味があればチェックしてみてね!
http://www2.u-netsurf.ne.jp/~kazumixx/steiner-19-1.htm

Love is ...

2008/10/25 13:59
Love is patient and kind; it is not jealous or conceited or proud; love is not ill-mannered or selfish or irritable; love does not keep a records of wrongs; love is not happy with evil, but love is happy with the truth. Love never gives up; and its faith, hope, and patience never fail. (コリントの信徒への手紙)

そして「全財産を貧しい人のために使い尽くそうとも、完全な信仰を持っていようとも、誇ろうとして我が身を死に引き渡そうとも、あらゆる知識に通じていても、その行為に愛が伴っていなければ何の価値もない」と書いてあります。。どんな尊い行為も、そこに価値を与えるのは「愛」なのですね。

理不尽なことは世の中多いけども、そこは愛でもってカバーしていきたいなぁ。理不尽な思いをすることがあっても、きっと同じだけ私も誰かに理不尽な思いをさせているのだろうから。

「時間」について

2008/10/22 17:00
「動く」ためにはエネルギーが必要なわけで、普通に考えて、時間は止まっているほうが楽なのに、どうしてわざわざ圧倒的な力で全てを動かしていくのだろう?時間を動かすエネルギーは何だろうか?時間だけは、人間の力ではどうすることもできない。時間というもののコントロールの仕方は、科学で証明できるのだろうか?安易な逃げ道ではあるが、神様の存在を想定すれば説明はつくかなぁ?と思うのです。

主があなたを祝福しあなたを守られるように。

2008/10/21 23:00
深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。(詩篇130,1-2)

山が移り、丘が揺らぐこともあろう。しかし、わたしの慈しみは、あなたから移らず、わたしの結ぶ平和の契約が揺らぐことはないと、あなたを憐れむ主は言われる。(イザヤ書54,10)

ユダヤ教では、ヤハウェの守りの中に人が置かれていることをシャローム(平和)と呼ぶ。明日のことは誰にも分からない、不確かで不安定な人間は誰しも、このくらい絶対的な存在を必要とするのだろう。

エリアーデ思想について

2008/10/21 00:13
エリアーデの思想自体が、もう完成された一つの哲学というか、もうエリアーデ教という一つの宗教と言ってもいいかもしれない、一つの完結した世界を作っているなぁと改めて感心しています。天才です、天才!!

宗教を勉強しようにも右も左も分からなかった頃、ある人からエリアーデを薦められて、そんなティッシュペーパー「エリエール」か洗濯用洗剤「アリエール」みたいな名前して一体どんな人なんだと思いながら読み始めたけど、彼の思想に出会えて良かったなぁと思うのでした。

数のシンクロニシティーについて

2008/10/20 15:40
数字は、ピタゴラスのピタゴラス教やユダヤ教神秘主義のカバラでは重要な意味を持っていました。これらの数秘術は最近の占いにも取り入れられて、ごく基本的な算定方法となっています。

198○年2月2○日生まれの私の運命数は…
1+9+8+○+2+2+○=33
(ここまでで11,22,33が出たらそこでストップ)

運命数が33の人は、一般常識が通用しない、個性的過ぎてあまり理解されない、スピリチュアルな世界で生きる変てこな人らしいです。

まぁでも、一般的には3+3というふうに一桁になるまで足してしまうのが基本です。その場合、私の運命数は6ということで、これは平和的で調和を大切にして、美的センスに優れた博愛主義者だそうです。

で、まぁ6という数字を覚えていただいて、暇なときに学籍番号を足し算していたらびっくり。

私の学籍番号は1510050015の6なのですが、
=(1+5)+(1+5)+(1+5)+6
=6+6+6+6
=24

ですよね!さらに一桁になるまで足していくのが基本なので足しますと
2+4=6

となって、私の運命数である6づくしなのが分かりますでしょうか?!これはニューエージの世界では、シンクロニシテイー/共時性(ユング用語)と言って、まぁこれが「全ては必然である」という根拠にもなり、天使や神様からのメッセージでもあるのですが、偶然とはいえあまりにも奇麗に6でぞろ目に揃ってしまったので少し驚きでした。

で、この6という数にはどのようなメッセージがあるかというと、先祖のご加護、神仏とのご縁、守護されている、不思議なことがある、辛抱の上に花が咲く…といったことらしく、他の数字に比べてスピリチュアルなイメージです。そういわれてみれば、当たっているような気もしなくはないなー。この学部に来なければ、こういう進路を選ばなかったかもしれないし。この学部に来たことも必然だったのだ、と解釈しておくことにしましょう(笑)

兜神社で祈願する証券マン

2008/10/18 08:46
兜神社で祈願する証券マン
10月17日20時49分配信 時事通信

東京都中央区兜町の東京証券取引所近くにある兜神社で株価上昇を祈願する証券マン。小さな神社だが、証券会社が集中しているため、証券関係者の参詣が絶えない(17日)

百味の御供

2008/10/17 23:08
今日は近所の神社で、秋の豊作物を神様に捧げる儀式があったので、巫女さんとして参加してきました。

この夏ちょっくら宗教の勉強をしたので、今まで巫女をしても気付かなかったことに気付く。神主さんが祓いとして、白いサワサワした短冊の束を振るのは、風を意味しているだとか、恵比寿と大黒さんが飾ってあったり。

作物を神様にお供えする人は、榊の葉っぱを裏返したものを口にくわえた状態で、お供えをしなければなりません。これは何かの清めを意味するのでしょうか。そういえば忍者や狐や狸がドロンと変身するときには、同じように葉っぱを口にくわえていた気がします。おもしろいですね。

ときどき見る夢の話

2008/10/16 22:57
合唱コンクールや演奏会などで、クラスメイト達と舞台に出るのだけど、全員の中で私一人だけ歌を知らなくて歌えない夢。リコーダーだったり、箏や琵琶バージョンのときもあった。理由ははっきりしていて、緊張して出来ない、とかいうのではない。「なんとかなるだろう」という根拠もない自信から、いつも一度も練習せずに本番に臨むからだ。舞台に出て初めて、あーしまった!と思う。でも、この場さえ凌げば何とかなるだろう、とケロっとした私がいる。

夢占いによると、「演奏をする」とかは「自己アピール」に関係しているらしいが。それ以上のことは私の無意識が知っているのでしょう。

真実はいかに?

2008/10/15 17:25
今日、「宗教には賞味期限がある。」という発言を耳にした。時代のニーズというのは変化していくので、それに応える形で宗教もなんらかの形で変化していかなければ続かない、という。各信者にとってはその教義が唯一で絶対の真理なのだと信じているわけで、だからこそ宗教はやっかいなものなのだが、ばっさり「宗教には賞味期限がある」と言われると新鮮である。

イエスの復活について…イエスがあのまま死んでいれば、「あぁイエっさんは凄かったけど残念やったなぁ」で終わったのだろうけど、復活するから話がこんなにも大きくややこしくなるのですよね。嘘をついてあれだけ真剣にキリスト教を布教したとは考えにくいが、イエスが顕現したというのもにわかには信じ難い。でも、イエス復活の三日間までに弟子たちの間でイエスは神の子だという体験的確信を得たのは確かなのだろう。一体彼らの心理に何が起きたのか。キリスト教の原点であり、かつ最大のミステリーです。

「神話から見たヒトの起源と終末」

2008/10/14 14:45
森岡正芳さんの「ユングの宗教論」(高橋原著)の解説を読む。

「内的に見たとき、人とは何であるのか、また人類とは永遠の相のもとではどのようなものに見えるのか、それは神話を通じてしか表現できない。神話とは個人的なもので、生を科学よりも正確に描き出す。」 ユングの自伝の冒頭より。

「人とヒトのあいだ」野家啓一編
「神話から見たヒトの起源と終末」を読む。

神話の中で共通する人間の意識。
・水とか川が彼岸と此岸を分けるということ。・古代人は、人間が初めは不死身だったという認識を持っているということ。・人間は自らの罪もしくは自らの選択によって「死ぬ存在」になるという原罪意識や被害者的意識。・争いや悪事が日常茶飯事となったために起こる大洪水などのリセット。

あと、前々から気になっていたのだけど、預言者という現象についてももっと知りたいなと思いました。

「生の完成が死である。」

2008/10/13 22:23
宗教心理学者 堀江宗正さんの言葉。たまたま目に入っただけやけど、名言やと思いました。

そういえば思い出したこと。

2008/10/12 09:17
「メトロポリタン」という言葉を聞いたとき、それは私にとって、明らかに特別な、魔法の呪文のようなワクワクした響きを持っていた。後にそれが何の変哲もないアメリカの土地の名前と知ったときにはすごくがっかりした。私にとって「メトロポリタン」は、この上もなく魅力的な夢の国でなければならなかったのだ。しかしなぜそう思うのか。後で分かったことだが、NHKのみんなのうたで「メトロポリタン・ミュージアム」という歌があった。今になって聞けばだいぶと恐い曲であるが、幼稚園児の私はこの世界観を「この上なく魅力的な夢の国」と認識していたらしい。十何年のブランクがあっても歌詞も覚えてて、ばっちり歌えた。



もう一つだけ、同じような経験がある。「ヴァン・ヘルシング」という映画に出てきた「トランシルバニア」という土地の名前である。たぶん初めて聞くのに、異様に深い親しみを覚えたので、果たしてそんな土地は実在するのか気になって調べてみたら、ルーマニアだった。でもルーマニアなんて高校生の私にしてみれば縁もゆかりもないのですっかり忘れていた。ところがエリアーデの出身国やら何やら、最近なんとなく縁が出てきたような気がする。ルーマニアの文化は大好きだし、将来携われたらいいなと思う。そういう直感は大事にしないとね☆

ストーンヘンジの正体は…

2008/10/12 01:11
おもしろいと思った記事。

[ロンドン 22日 ロイター] 英国にある遺跡ストーンヘンジについて、英ボーンマス大の考古学者らは22日、石に病気を治す力があると信じた人々の巡礼の場所だった可能性があると発表した。
 遺跡を構成する石、ブルーストーンがウェールズからイングランド南部へと約250キロ運ばれた理由については、これまで解明されていない。
 4月に1964年以来となる発掘調査を行った科学者らは、ブルーストーンが治癒の石としてあがめられていたとの見方を示した。
 調査に携わった専門家の1人は、BBCラジオに対し、そう考える理由の1つとして、ストーンヘンジ周辺に埋葬された遺体の多くに外傷や奇形の兆候が見られることを挙げた。

兎にも角にも卒業論文!

2008/10/12 00:54
いろいろと先が思いやられますが、一生懸命に生きていこうと思いました。

卒業論文は「宗教の発展とは自我確立の歴史である」ということを言えたらおもしろいなと思っていました。エーリッヒ・ノイマンの「意識の起源史」の元型発達論をベースに、エリアーデやらフロイトやらを補佐的に組み合わせて…という感じ。

けど、自分にとっておもしろいだけでは駄目らしい。どうなるか分かりません。

当たって砕けた。

2008/10/10 20:09
私も勉強不足やったし、当然といえば当然の結果。宗教に目覚めたのがちょうど一年前で、金木犀が香っていたのを覚えている。決めつけないで焦らないで、「結果」「目に見えること」「自分の外側で起こること」に惑わされないように、宗教を好きな気持ちを信じてやっていきたい。

宗教のための苦労なら喜んでするつもりでいたし、このくらいのことは承知の上です。

今後の方針も決めて、明日からシャキッと生きていきたいです。
 Home 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。